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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)4011号 判決

原告

宮城桂美

宮城麗子

右訴訟代理人

小見山繁

紙子達子

被告

黒沢適憶

右訴訟代理人

宮原三男

主文

一  被告は、原告宮城桂美に対し金三二三万七七七七円及びこれに対する昭和五一年二月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告宮城桂美のその余の請求及び原告宮城麗子の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告は、原告宮城桂美に対し、金七四五万三一六〇円及び原告宮城麗子に対し金一〇〇万円並びにこれらに対する昭和五一年二月六日から支払済みまで、それぞれ年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を、いずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一、請求原因

1  (当事者)

(一) 原告宮城桂美(以下、原告桂美という。)は、宮城桂美タツプ研究所を経営し、舞踊及び歌唱等の指導を業とするものであり、原告宮城麗子(以下、原告麗子という。)は、原告桂美の妻である。

(二) 被告は、肩書住所地において、池袋整形外科医院を開業している医師である。

2  (被告の手術及び治療行為の経過)

(一) 原告桂美は、昭和四二年頃、被告方で、両眼尻のしわを除くために、局部への注射による治療を受けていたが、右治療の結果、眼尻に固いしこりができてしまつていたので、原告桂美は、昭和四八年一〇月二八日、被告方で、被告に対し、右両眼尻の固いしこりを切除することを依頼し、被告は、同日、原告桂美の両上眼瞼を切開して、しこりを切除する手術をした。

(二) 右手術後、原告桂美の両下眼瞼にたるみができ、顔全体も腫れ上がつたので、被告は左記のとおり、原告桂美の両眼の周囲及び前額部分の手術及び治療を繰り返した。

(1) 昭和四八年一一月三日 左下眼瞼のたるみを切除するための手術

(2) 同月二〇日 右下眼瞼のたるみを切除するための手術

(1)及び(2)の手術の結果、たるみは各手術前より大きくなつた。

(3) 同月二一日 (1)及び(2)の手術後の治療並びに額の腫れを除去するための手術

(4) 同年一二月一八日 両眼瞼の腫れの治療のため注射

腫れは前よりもひどくなり、注射後、被告方医院で、約一時間半も休まねばならないほどであつた。

(5) 同月二二日 右下眼瞼のたるみを切除するための手術をしたが、抜糸後、当該部分に穴があいた。

(6) 昭和四九年一月頃 右上眼瞼に豆粒大のふくらみができたので、これを切除するため手術をしたが、抜糸後当該部分に穴があいた。

(7) 同年二月二三日 再度、右下眼瞼のたるみを切除するための手術。右手術後、通院中、前記(3)の手術により発生した額のしこりを治療。

(8) 同年三月九日 左上眼瞼のしこり及び左眼周囲の腫れを除くための手術。左上眼瞼のしこりについては、瞼に一本切れ目を入れて、皮膚の内部からしこりを除去して、右切れ目を縫合すべきであつたにもかかわらず、被告は切開部位を誤り、しこり部分を外側から幅約四ミリメートルも外皮とともに切除し、約三センチメートルの長さにわたり縫合した結果、眼瞼がつり上がり、さらに、右縫合部分と、その直上部分を約一センチメートルにわたり縫い合わせた結果、眼尻に近い部分が著しくつり上がる結果となつた。

3  (被告の過失行為)

被告は、原告桂美に対し前記請求原因2記載の各手術行為及び治療行為をなす場合には、わずかな切開縫合の誤りも、その容貌に重大なる変化を与えるものであるから、右美容整形という特殊な医療行為であることに照らし、美容整形を営む医師としての専門的知識及び経験に基づき、当該治療及び手術実施の適否を慎重に判断し、手術を実施するについては、手術後完全に原状に戻るように、切開部位及び長さ、縫合部位等を適切に定め、写真又は、顔図面上に作図し、手術後における患者の病状の変化について、確信を得たうえで、当時の医学水準に照らして、当然かつ十分なる注意、方法を用いて手術を施行すべき注意義務があるのに、これを怠り、原告桂美の両眼瞼に、いきなりボールペンでしるしをつけ、局部麻酔をしたうえ、漫然と切開、縫合手術をし、しかも、短期間に同一部位に対し、治療手術を繰り返し実施したものであつて、眼尻の固いしこりを切除するという原告桂美の当初からの依頼に反するばかりでなく、原告桂美の顔全体に著るしい変形を生じさせ、同人の容貌を毀損する傷害を与え、右傷害は、自動車損害賠償補償法施行令別表第一二級第一三号の「男子の外貌に著しい醜状を残すもの」に相当し、また、瞼がつり上がつて、自然に眼を閉じることが不可能になり風圧の関係で歩行などの運動も自由ではなく、かつ安眠を妨げられ、夏でも扇風機をかけることができず、汗が眼に入り、痛みが激しく、これは、前同法施行令別表第一一級第二号「両眼のまぶたに著しい運動障害を残すもの」に相当し、右傷害は、将来においても治癒不能なものであり、日常生活上も大きな負担となつている。

4  (損害額)

(一) 原告桂美の損害

(1) 治療費及び手術費

総合計六三万三〇五円

イ 被告医院

合計金一五万四〇〇〇円

ロ 六本木整形外科 合計金四六万円

昭和四九年一一月二一日

手術代 八万円

同年一一月三日 手術代 八万円

昭和五〇年五月二二日

手術代 八万円

同年一〇月九日 手術代 七万円

同月二三日 手術代 七万円

同年一二月一七日

手術代 八万円

ハ 東京警察病院 合計金八〇〇五円

昭和四九年四月四日から昭和五〇年一一月一〇日まで

ニ 杏林大学医学部附属病院

昭和四九年四月三日 金一〇〇〇円

ホ 塚田允文

昭和四九年九月二五日

金三〇〇円

ヘ 日比谷整形外科

合計金五〇〇〇円

昭和四九年三月一六日

金二〇〇〇円

同月三〇日  金三〇〇〇円

ト 五反田整形外科

昭和四九年一〇月二一日

金二〇〇〇円

(2) 逸失利益

金四八二万二八五五円

原告桂美は本件各手術を受けた当時、宮城桂美タツプ研究所を経営し、舞踊、歌唱等の指導にあたつて営業成績もよく、また自ら地方巡業に出て舞台に立つなど芸能人として活動してきたが、前記傷害により容貌に著しい醜状を残すに至つたほか、両眼瞼の運動機能に障害を残した結果舞踊のタツプも踏めなくなり、研究生の指導にもあたれず、右研究所を閉鎖するのやむなきに至つた。

原告桂美は右受傷当時満四八才であつたから、その就労可能年数は満四八才から満六三才までの一五年間とみるべきであり、その労働能力喪失率は三割と考えるのが相当である。またこの場合の将来の逸失利益は原告桂美の右宮城桂美タツプ研究所経営による月額一二万二〇〇〇円の収入を基準として算出するのが相当である。そこで、以上を計算の基礎にして、原告桂美が将来労働によつて取得すべくして喪失した利益の原価をホフマン式により中間利息を控除して算出すると金四八二万二八五五円となる。その計算式は次の通りである。(但し、10.981は満四八才から満六三才まで一五年間の就労可能年数に対応するホフマン係数、0.3は労働能力喪失割合である。)

12万2000円×12×0.3×10.981

=482万2855円

(3) 慰藉料 金二〇〇万円

原告桂美は前記受傷により生活手段及び趣味である舞踊及び歌唱指導の道を断念せざるをえなくなり、その精神的苦通は甚大であり、これを慰藉するには金二〇〇万円が相当である。

(二) 原告麗子の損害

慰藉料       金一〇〇万円

原告麗子は原告桂美の妻であり、前記原告桂美の受傷によつて精神的苦痛を受けたのでこれを慰藉するには金一〇〇万円が相当である。

よつて、原告桂美は被告に対し、本件不法行為に基づく損害賠償金七四五万三一六〇円及び原告麗子は被告に対し、本件不法行為に基づく損害賠償金一〇〇万円並びにこれらに対する本件不法行為の終了した後である昭和五一年二月六日から各支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)の事実は不知。同(二)の事実は認める。

2  同2の事実のうち、2(二)(4)の事実を否認し、その余の事実については、原告主張の日に手術又は、治療をしたことのみ認める。右手術又は治療の内容、経過は後記主張のとおりである。

3  同3の事実は否認する。

本件手術及び治療の経過並びに被告の主張は次のとおりである。

(一) 昭和四八年一〇月二八日

両上眼瞼のシワ取りの手術をしたが、右手術をするに当り、ボールペンで当該手術部位にしるしをつけることは整形医学界の慣行であり、被告は、全体のつり合いを考えた上で、原告の両上眼瞼にボールペンでしるしをつける方法を採つたものであり、手術後、ヒビテンを用いて約一〇分間消毒をした。

本件原告桂美の傷害は、原告桂美が、右手術後、被告の指示を無視して患部にあてていたガーゼをはがし、翌日までこれを放置したため細菌感染したこと、抗生物質その他の薬剤や必要のある注射を拒絶したこと、被告の指示どおり、手術後四回来院すべきところを一回しか来院しなかつたことなどにより、切開部分に瘢痕性萎縮を生じたことによるものである。

なお、右手術は、縫合創のなおり方が遅く、分泌物がガーゼに附着気味で全抜糸ができず、半抜糸をしたものであり、原告桂美は、右抜糸の手当も含めて、手術後四回来院すべきであつたところ、結局一回しか来院しなかつたが、抜糸後は細菌感染を起し易いので必ず必要な手当なのである。

(二) 同年一一月三日

左下眼瞼のたるみを切除する手術をしたが、原告桂美は、本来、毎日、少くとも、抜糸後、三、四回は、手当のため、来院すべきところ、一回しか来院しなかつた。

なお、被告は、右手術結果を心配していたが、原告桂美は、これに満足していたものである。

(三) 同年一一月二〇日

右下眼瞼に手術をしたが、原告桂美は、右手術の翌日、来院した際、手術部位のガーゼを被告の指示に反して、勝手にはずしていた。このため、当該部位は、細菌感染し、炎症性瘢痕を生じて萎縮し、切開線どおりくぼんで来た。

また、抜糸後、毎日治療に来るべきであるのに、原告桂美は、右手術部位に炎症を起して始めて来院し、結局、二回ガーゼ交換に来たのみであつた。また、原告桂美は、声が出なくなるとまずいといつて抗生物質の投与を拒否し続けた。

(四) 同年一一月二一日

額のしわ取りの手術をしたが、被告は、ノボカインの注射をして皮下の結合織の切断の処置と、切断部位へのオイルの注入をし、切断部位の再癒着を防ぐ処置を講じた。

(五) 同年一二月一八日に、原告桂美は、被告方へ来院していない。

被告は、炎症を防ぎ、結合織の出来るのを防止するため、ケナコルトAを注射したことはあるが、一回一CC以上注入したことはない。0.5CCずつ、両眼瞼に注射しても平らに入るので、そのために腫れが目立つことはありえない。

(六) 同年一二月二二日

右下眼瞼の再手術をした。これは、前記(三)の手術部位が細菌感染して炎症を起し、そのためわん曲した切開創のとおりに萎縮しくぼんでしまつていたためである。

被告は、右再手術に当たり、原告桂美が、被告の指示を遵守せず、手術創に細菌感染させるであろうことを念頭におき、細菌感染させて炎症が生じても瘢痕性萎縮が生じないよう、ナイロン糸二〇本位を折り曲げて束にし、ペニシリン油をつけて、手術創に入れ、その右端より一センチメートル位外部に出しておき、後日、引き抜けるようにしておいた。

(七) 同年一二月二八日

被告は、(六)記載のナイロン束を除去し、次に、抜糸を行なつた。

(八) 同年一二月二九日

被告は、ガーゼ交換及び手当をした。翌日にも来院するよう指示したが、原告桂美は来院せず、また、翌年は一月四日から診療開始するから必ず来院するよう指示したが、指定した来院日には来ず、その後、右手術部位の状態が悪化してから来院した。この時、手術創の中央から約五ミリメートル右寄りの部位が、約三ミリメートルくぼみ、分泌物が出ており、細菌感染による炎症が生じていた。低周波電気治療により分泌物は消失したが、その部位のくぼみは残つた。被告は、炎症を抑え、瘢痕を小さくするためにケナコルトAを注射した。

なお、この時生じていたくぼみは、昭和四九年二月二三日の手術で、良好な治療の結果をみた。

(九) 昭和四九年二月二日

右上眼瞼を再手術した。昭和四八年一〇月二八日に手術をした部位であり、同年一一月二〇日、後日手術することを原告桂美に告知していた。同原告は、右手術後、抜糸までに、二回手当てに来たのみで、抜糸後は、一度も来院せず、来院の際は、必ずガーゼをはずしていた。抜糸後、当該部位に穴があいてしまつたということはなく、アレルギー性炎症を起して次第に瘢痕萎縮したものである。

(一〇) 同年二月二三日

右下眼瞼に再々手術をした。昭和四八年一二月二二日に、右下眼瞼の再手術をしていたが、原告桂美は、被告の指示を破り、一一日間、治療のため来院せず、ガーゼを勝手にはずして細菌感染させてから来院したものである。被告は、幅三ミリメートルを縫合手術した。しかし、現在は治癒しており、疵は残っていないはずである。

(一一) 同年三月九日

左上眼瞼を再手術した。原告桂美は、幅六ミリメートルにわたる部位の切除を希望し、原告桂美自ら、切除予定部分に、鏡を見ながらボールペンで幅六ミリメートル位の印を横に書き、当該部分を切除するよう、被告に強く要請したが、被告は、幅三ミリメートル以上の切除は不適当と考え、その意図で、右手術を施行したが、被告は、この際も、約一二分間、手を消毒していた。

被告は、原告桂美の当該手術部位の皮膚に切除の余裕があると考えて手術したのであるが、縫合してみると、皮膚が不足したようになつて再び外翻したが、これは、原告桂美が、ひどく痛がるために、通常人の二倍以上の麻酔薬を注射していたので、当該部位が腫れており、下部組織が伸ばされて一時的に外翻したものである。手術のための機械的炎症がおさまれば、皮膚も二、三ミリメートルは伸展するから外翻はおさまると考えられたが、約三時間後、被告が、手術部位のガーゼをはずしたので、当該部位が細菌感染し、萎縮して外翻することは必至と考えられた。

そこで、被告は、翌一〇日、原告桂美に対し、外翻している手術部位に、他から皮膚を移植することを提案したが、原告桂美はこれを拒絶したものである。

(一二) 同年三月二七日

原告桂美は、最後の診察の際、被告の治療を拒絶し、薬は、不用として、被告の指示に従わなかつた。

手術部位も、外翻はほとんど正常に復しており、手術は成功しているものである。

本件傷害は右記のとおり、原告桂美本人の過失に基づくものである。すなわち、本件各手術の処置後に、被告が医師としての立場から原告桂美に対して指示した諸事項を原告桂美は遵守しようとせず、手術部位の保護のためつけていたガーゼを勝手に取りはずし、指定された日時に来院せず、また、声が出なくなるなどと言つて抗生物質その他の薬の服用や必要のある注射を原告が拒絶したことなどの理由により、手術後、当該部位の細菌感染を防止できず、手術を繰り返さざるを得なくなり、本件傷害が発生するに至つたものである。被告は漫然と治療及び手術をしたことはなく、原告桂美と、十分、相談をしたうえで、注意深く手術を行つた。なお、手術日は、原告桂美が、自ら定めて、被告に実施させたものである。

4  請求原因4の損害の発生は否認し、損害額の主張は争う。

三、抗弁

仮りに、被告の本件手術及び治療行為に、注意義務違反の事実があつたとしても、前記請求原因に対する認否2及び3で主張したとおり、原告桂美の本件傷害には、原告桂美自身の過失が大きな原因となつているものであるから、損害額の算定に当つては、右原告桂美の過失を斟酌すべきである。

四、抗弁に対する認否

抗弁事実は否認し、その主張は争う。

原告桂美は、被告の指示した治療日には、必ず、被告方に受診に赴いたし、被告から渡された薬は、全て服用していた。また、ガーゼを被告の指示に反して、勝手に取りはずしたことはない。原告桂美の本件傷害は化膿による皮膚の萎縮ではなく、被告が、皮膚を切除し過ぎたことによるものである。

第三  証拠〈略〉

理由

一請求原因1(一)の事実については、原告宮城桂美(以下、原告桂美という。)本人尋問の結果(第一回)及び弁論の全趣旨により認められ、同1(二)の事実については当事者間に争いがない。

二原告桂美本人尋問の結果(第一、二回)によれば、原告桂美は、昭和四二年頃、芸能関係の仕事に従事していたことから、目尻の小じわが気にかかつていたので、同年一月頃、週刊誌の広告によつて知つた被告方医院へ赴き、シリコンを注射により注入する治療を受けたが、目尻の部分にしこりが残つたこと、被告は、原告桂美に対し、その頃、一、二年経過すれば、右しこりは自然に消滅するものである旨説明していたが、結局、右しこりは消滅しなかつたこと、原告桂美は、昭和四六年頃被告に、右しこりが消滅しないことについて相談をしたところ、被告は、再手術をすることを原告桂美に提案したが、この時は、結局手術をするまでには至らなかつたこと、原告桂美は、その後、再び、昭和四八年一〇月頃、右しこりを切除するために、被告方を訪れ、受診したことが認められ〈反証排斥、省略〉他に、右認定を覆えすに足る証拠はない。

三次に、被告の原告桂美に対する手術、治療行為及びその後の経過について判断する。

原告桂美が被告方で、昭和四八年一〇月二八日、両上眼瞼に手術を受け、同年一一月三日、左下眼瞼のたるみを切除する手術を、同年一一月二〇日に右下眼瞼の手術を、同年一一月二一日に、額部分の手術を、同年一二月二二日に右下眼瞼の再手術を、昭和四九年一、二月頃、右上眼瞼の再手術を、同年二月二三日に右下眼瞼の再々手術を同年三月九日に左上眼瞼の再手術を、それぞれ受けたことについては、当事者間に争いがない。

右当事者間に争いのない事実、〈証拠〉を総合すると、以下の事実が認められる。

すなわち

1  原告桂美は、昭和四八年一〇月二八日、被告方で、両上眼瞼に、前記認定のシリコンの注入によつて生じたしこりを取るための手術を受けたこと、被告は、右手術を比較的簡単なものと意識しており、原告桂美にも、右手術は、二、三日経過すれば治癒する旨説明していたこと、右手術は、被告が執刀し、被告方の看護婦青池寿子が補助者として立会つたこと、右手術は、両上眼瞼部にボールペンで直接作図し、局部麻酔をしたうえで、右作図の線にそつてメスで切開し、右切開部位から、以前注入してあり、しこりの原因となつていたシリコンを取り除き、再び切開部位を縫合するというものであつたこと、右切開した際に切除した皮膚は、目もとから目尻まで、幅三ないし四ミリメートルに及んだこと、右縫合した後、手術部位にはガーゼをあてて止めていたが、被告は、原告桂美に眼帯を付けさせることはしなかつたこと、原告桂美は、手術後、水薬、粉薬、痛み止めの頓服などを受け取つたこと、原告桂美は、右手術後も、被告方へ通院し、切開部位を縫合した糸は、手術後六日目以降八日目までに毎日一本ずつ抜糸し、その後は、患部に薬用テープを貼つていたこと、

2  その後、右昭和四八年一〇月二八日に行なつた手術の結果が思わしくなく、両眼下部にもたるみができたので、同年一一月三日、左下眼瞼部に、同年一一月二〇日右下眼瞼部に、原告桂美は、たるみを切除する手術を受けたこと、その結果、両下眼瞼部とも腫れてしまい再度手術を受けることになつたこと、右手術部位である両下眼瞼の切開部分は、その後、瘢痕性萎縮の状態になつたこと、

3  原告桂美は、昭和四八年一一月二一日、被告方で、前額部分の皮膚を一部切除する手術を受けたこと、

4  原告桂美は、同年一二月中頃、両眼瞼の腫れを治療するため、被告から、炎症を防ぎ、結合織の生成を防止するケナコルトAの注射を受けたこと、

5  原告桂美は、昭和四八年一二月二二日、被告方で、同年一一月二〇日に手術した右下眼瞼部分に再手術を受けたこと、右再手術は、前回の手術部位に瘢痕性萎縮が生じていたので、これを修復するために行なわれたものであること、右手術の際には、ナイロン糸二、三〇本を束にして、これにペニシリンを十分つけて、手術創に縫合するのと同時に入れておき、分泌物を出やすくして細菌感染による炎症が生じないようにする処置をとつたこと、右ナイロン糸は六日後の一二月二八日に取り除いたが、右手術も、結局、瘢痕性萎縮を生じたこと、

6  原告桂美は、昭和四九年二月二日、被告方で、右上眼瞼部に再手術を受けたこと、右部位は、同年一〇月二八日に手術を受けた部位と同じ箇所であるが、右部位も瘢痕性萎縮のため当該部位がくぼんだ状態になつていたため手術をしたものであること、右手術も、これまでと同様、皮膚を切除する方法によるものであつたこと、

7  原告桂美は、昭和四九年二月二三日、被告方で、右下眼瞼部に手術を受けたこと、右部位は、前年一一月二〇日及び一二月二二日の二回、既に、皮膚の切除による手術を受けていた部分であるが、右部位も、瘢痕性萎縮のため、萎縮した部分がくぼみ、それに応じてたるんだ部分が出て来たので、右たるみをなくすため、皮膚を再度、切除したこと、

8  原告桂美は、昭和四九年三月九日、左上眼瞼部のしこり及びたるみを取除く手術を受けたこと、右部位は、前年一〇月二八日、しこりを取除く手術を既に受けていた部位と同一であり、右手術も皮膚を切除する方法によつたこと、被告は、当該手術部位の皮膚に切除してなお余裕があると考えて手術をしたが手術創を縫合したところ、左上眼瞼縁が外翻したこと、また、右手術の際、あやまつて、手術部位の直近上部の皮膚を約一センチメートルにわたり切開したため、同部分をも縫合したこと、

9  被告は、右手術の翌日、原告桂美に対し、右手術部位の皮膚が不足して左上眼瞼が外翻状態になつているので、他から皮膚を移植することを提案したが、原告桂美はこれを拒絶したこと、原告桂美は、その頃、一連の手術の結果が思わしくないため、被告に対し、転医することを告知したところ、被告は、自分の方で信頼できる医者を紹介すると言つて、警察病院勤務の若井医師に原告桂美を紹介することとし、その紹介状には、「少し兎眼になつていた者ですが、昭和四九年三月九日、左上眼瞼の手術をなし腫張している組織を取り、かぶさつている皮膚を長さ二センチメートル、幅〇センチメートルより最大幅0.3センチメートル切除し、縫合致しました処、切除しすぎた様になりましたので皮膚の移植を致し治療致せんと考えましたが、本人は上手な医師の診察を希望致しますので御紹介致します。」旨記載したこと、また、この頃、被告は、原告桂美の強い要求に応じて、原告桂美に対し、本件各手術についてその失敗を認め、その責任をとる旨を記載した書面二通(甲第一、第二号証)を交付していること、

10  原告桂美は、前記認定の被告の一連の手術の結果、左右両眼瞼が外翻症状を呈しており、その結果、睡眠中も眼瞼が完全に閉じず、また外出した時などは、ゴミが目に入つて涙が出易くなるのでサングラスを常用しており、さらに、原告桂美がその業としていたタツプダンスの教授も、風が目に当ると涙が出てくるので踊ることが不可能になり営業は出来なくなつたこと、右眼瞼の周囲にもかなり瘢痕があること、

11  原告桂美は、昭和四九年一一月二一日以降現在まで、六本木整形外科に通院し、少くとも九回にわたり、両眼瞼部を切開し、内部のシリコンを除去する手術を受けているが、右手術は、技術的に困難で相当の日時と回数を要するものであり、シリコン除去が終つて後、瘢痕を修復するが手術が予定されていること、

以上の事実が認められ、〈反証排斥、省略〉他に右認定を覆すに足る証拠はない。

被告は、前記甲第一、第二号証を作成し、原告桂美に交付したのは、原告桂美の脅迫のため、やむを得ずなしたものである旨主張し、被告本人尋問の結果(第一、二回)には、右主張に沿う部分があるが、右供述は、前記認定の本件各手術の経過及び結果に照らしてたやすく措信できず、かえつて、本件各手術の結果に対する説明に窮して被告は、原告桂美に前記各書面を交付していることが窺われ、他に右認定に反する証拠はない。

四被告は、原告桂美が、本件各手術の処置後に、被告の医師としての指示を遵守せず、指定した日に来院せず、ガーゼを勝手にはずして患部を化膿させ、また抗生物質の服用や注射を拒否し、その結果、本件傷害が発生するに至つた旨主張し、〈証拠〉中には、右主張に沿う部分があるが、右各供述は〈証拠〉に照らし、容易に措信できず、他に、被告主張の事実を認めるに足る証拠はない。

もつとも、〈証拠〉によると、原告桂美が、昭和四九年三月一〇日、被告の指示もないのに、手術部位のガーゼを外し自己の顔面の写真を撮影していることが認められるが、これは、被告がその前日の手術が失敗であることを認めたため、これに関する証拠を保全する目的でなされたものであることは前記認定の事実に徴し明らかであり、右の事実があるからといつて、前記被告主張事実を推認することができるものではない。

また、前記認定のとおり、手術創に瘢痕萎縮が生じており、このことは、手術部位又は手術創の感染を窺わせるものではあるが、手術創の感染はガーゼの剥奪以外にも種々の原因によつて生ずるから、手術創の感染があつたからといつて、直ちに原告桂美が被告のら指示に反して剥奪していたものと推認することはできない。

五ところで、医師がその患者に対し手術をする際には、一般に、手術の必要性、その時期、方法等について、当該患者の個体差、病気の種類、部位等個々具体的な要素に照らしながら、諸般の事情を総合的に勘案し、医学の専門的な見地から慎重かつ適正な判断が下されるべきものであるが、特に、美容整形手術を担当する医師としては、右美容整形手術が、一般に、緊急性及び必要性に乏しい場合が多いのであるから、当該手術の要否及び適否を慎重に判断し、また、手術を実施するに当たつては、当該患者の体質、患部の状態等について十分なる事前の検査を行ない、医師としての高度の専門的見地から、当該手術の時期、方法、程度、範囲等を十分に検討して、手術を実施するべき義務があるものというべく、さらに手術を実施する際も、術後の状態にも十分慎重な配慮をしながら事後の手術の進行、治療方法等を選択するべき義務があるものと解するのを相当とする。

六これを本件についてみるに前記認定の事実によれば、原告桂美に対しての本件各手術行為は、シリコンの除去を伴い、技術的に困難で、相当の日時と回数を要するものであるが、被告は、原告桂美の依頼にたやすく応諾し、本件各手術は、簡単なものであると安易に判断し、格別の事前検査、診察をすることもなく、また手術の時期、方法について検討することも、さらに、手術の奏功度合い、患者の手術後の状態に対して特段の配慮をすることもなく、原告桂美に対し、五か月足らずの間に、右下眼瞼部には三回、左右上眼瞼部にはそれぞれ二回ずつ皮膚の切開及び切除の手術をしており、その結果として、当該眼瞼部の皮膚の切除が限界を超えたことにより原告桂美の左右眼瞼部に外翻症状を発現させたものであり、なかでも、昭和四九年三月九日の左上眼瞼部手術の際は、原告桂美が既に瘢痕性兎眼になつていることを認め得たものであるから、これ以上切開に及ぶときは当然その症状が著しくなるものと予想されるにもかかわらず、あえて前回より広範囲にわたる切開手術をし、一層外翻症状を顕著にしたものであることが明らかであるから、被告は、前記一連の手術行為に関して、前示の注意義務を怠つた過失があるものといわなければならない。

七被告は、原告桂美が、手術部位の範囲や、手術日を指示していた旨主張するが、右事項は、本来、医師がその職務の一部として高度の専門的見地から判断決定すべきものであつて、仮りに被告主張のとおりであるとすれば、被告は医師としてのその職責を放棄したものと言わざるを得ず、右主張事実をもつて、被告の医師としての責任が免除されるものではなく、かえつて、患者の指示に従つて、唯々諾々と本件各手術行為に及んだことのほうがむしろ問題とされるべき筋合であるから、被告の右主張は、主張自体、理由がないものと言わざるをえない。

八次に、被告の本件不法行為と相当因果関係のある原告桂美の損害及び損害額について検討する。

1  治療費及び手術費

(一)  〈証拠〉によれば、原告桂美は原告主張の日に、請求原因4(一)(1)のイないしト記載の支出をしたことが認められ、他に、右認定を覆すに足る証拠はない。

(二)  ところで、原告桂美が、被告の本件不法行為により受けた傷害の治療費として支出したと主張する請求原因4(一)(1)記載の各金員のうち、同4(一)(1)のハないしト記載の各費用は、〈証拠〉を総合すると、単なる診察又は診断に対する費用として支出されたものであるが、いずれも原告桂美の傷害の治療を目的として、右診察又は診断を受けたものであることが認められ、他に、右認定を覆すに足る証拠はないので、右費用の支出も被告の本件不法行為と相当因果関係があるというべきである。

2  逸失利益

〈証拠〉によれば、原告桂美の、本件受傷前である昭和四七年度の税務署への申告所得金額は一四六万四〇〇〇円であつたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

ところで、前記認定の原告桂美の本件受傷の程度に照らして考えると、同人の逸失利益の算定に当つては、労働能力喪失率は、一割と見るのが相当である。そして、その他、特段の事情も認められないから、就労可能年数は、平均余命の範囲内で、満四八才から満六三才までの満一五年間、中間利息の控除については、将来の昇給を算定する資料が十分ではないから新ホフマン係数を用いることとして、原告桂美の逸失利益を計算すれば、次のとおり金一六〇万七四七二円となる。

146万4000円×0.1×10.98=180万7472円

3  慰藉料

原告桂美の精神的苦痛を慰藉するには、前記認定の本件傷害の程度、受傷の経過等の諸事情及び弁論の全趣旨により金一〇〇万円をもつて相当と認める。

九次に、原告麗子の損害について検討する。

他人の不法行為により、近親者が身体障害を受けた場合、同人の配偶者は、被害者が死亡したときにも比肩し得べき精神上の苦痛を受けたとされるときに限り、自己の権利として慰藉料を請求しうるものと解するのを相当とするところ、原告桂美の受傷の程度、経過は、さきに認定したとおりであり、本件全立証によるも、原告麗子が、右のような程度の精神的苦痛を受けたものと認めることはできないのであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告麗子の被告に対する本訴請求は理由がない。

一〇次に抗弁事実について判断するところ、被告が原告桂美の過失として主張する事実は、さきに、請求原因2及び3についての判断中において認定したとおり、被告主張事実は認められず、かえつて、被告の本件各手術により、原告桂美の本件傷害は発生したものと認められるから、被告の右過失相殺の主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がないことは明らかである。

一一よつて、原告桂美の被告に対する本訴請求は、本件不法行為に基づく損害賠償金三二三万七七七七円及びこれに対する本件不法行為の後である昭和五一年二月六日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却し、原告麗子の被告に対する本訴請求は、すべて理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(山口繁 渡辺雅文 奥田隆文)

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